2009年3月 3日 (火)

福澤諭吉先生

Photo_13 先日、東京・上野の東京国立博物館 表慶館を訪れました。

Photo_15 なぜかと言うと福澤諭吉展が開催されていたからです。

日本人なら福澤先生を嫌う人はいないでしょう。皆、福澤先生の肖像画を集める為に一生懸命働くのですから。もちろん、私もダンナも福澤先生の大ファンです。

館内では撮影禁止だったので残念ながらブログに載せる写真はありません。展示会では遺品(愛用していた杖、半被、自筆草稿)のほか、門下生の美術コレクションなど見応えたっぷりでした。

福澤先生は子だくさんなうえ、とても子煩悩だったという事を知り、びっくり。長身だったことやパーティー好きだということも知りました。更に、女性の地位が低かった当時でも、女性に対して平等であるべきだという、思想の持ち主だと認識しました。

Photo_4 出口近くのミュージアムショップに福澤先生ゆかりのグッズや本が沢山売っていました。

せっかくだからと父に携帯ストラップをお土産に、その他ダンナは右の本を、私は童話の本を買いました。

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そして、福澤先生に興味を持ったので、日を改め今度は「日本近代文化事始の地」を訪れました。

この日は生憎雨模様の上、工事中。残念。

Photo_2 本を開いた形の碑が、「慶應義塾発祥の地」です。雨のため、見にくいですが、学問のすすめで有名な、

「天は人の上に 人を造らず 人の下に 人を造らず」

と書いてあります。昨年(2008年)は、福澤先生が慶應義塾をこの地で開いてから150周年だったとのこと。

Photo_3 左の写真は「蘭学の泉はここに」、という記念碑です。写真では、よく見えませんが、右側の茶色の石には、「解体新書」に使われた絵(人体の後姿)があります。

 江戸時代の蘭学を広めた前野良沢が中津藩(現在の大分県)の人だったため、中津藩の屋敷があったこの地が発祥の地になったようです。福澤先生も中津藩の出身だったので、やはりこの地で塾を始めたそうです。ダンナに言わせると、前野良沢らとともに解体新書を著した、杉田玄白が書いた「蘭学事始」は非常に面白いとのこと。

この本を明治時代に世に広めたのが、福澤先生だというのも、何かの縁なんでしょうね。(この項、ダンナの受け売り)

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